4月 2013
65件の投稿
o z k n . n e t: 我ら、時 &1 →
wareratoki:
ozkn.netをご覧のみなさまへ࿁࿀⃝◯⃝⎔ㅇ⎔
とうとう一年間の節目が来てしまいました。
「東京の街が奏でる」が終わって間もない一年前のあの日から
沢山の投稿、驚くほどの閲覧 共にありがとうございました。
おかげさまでみなさんと一緒になって一年の間 この幌馬車の車輪をゆったりと楽しんで廻す事ができました。
この場所は ムラもなく淡々と青々と育って いつのまにか ちょっと他ではみた事のない内容/ムードの空間になっていたと思います。
色々な、本当に色々な人のそれぞれの環境でのさまざまな日常/人生の 灯りの色と光
ともすればついうっかりと見過ごしてしまいがちな…
o z k n . n e t: 日常に →
wareratoki:
昨年の「東京の街が奏でる」の後に始まったこのozkn.netは、明日4月24日で「一旦終了」だとのこと。1年間ありがとうございました。仕事終わりや一日の最後にここを観るのが好きでした。
一人ひとり悲しいこと、嬉しいことが起こったり起こらなかったりの日常を生き、そして毎日は続いてく。一人ひとりに一人ひとりの日常があるということは、あまりに当たり前のことではあるけれど、ここに寄せられた文章や絵や写真、動画などに触れることで、その日常の一端に触れるのはとても心地のよいものでした。…
o z k n . n e t: ただ激しい心をとらえる言葉をロックンロールの中に隠した。 →
wareratoki:
この企画が終わりだっていうじゃない。
だから、去年のあのとき自分のブログにかいた記事をおくってやろうじゃないの。
★
ロックンロールの定義は知らない。
音楽のジャンル、と言ってしまえばそうなんだけど、 どうやらそれだけには留まれない大きなうねり、哲学があるようなんだ。
きっとそれは人それぞれで、いろいろあるんだとおもう。
痛みや羞恥をさらけ出し、それでも生きていくグルーヴをロックンロールだともおもうし、 痛みや羞恥をひたすら隠し、やせ我慢して最高にかっこつけて生きていくグルーヴをロックンロールだともおもう。
…
o z k n . n e t: ありがとう →
wareratoki:
今日でこのサイトが一旦終わるということで、
思わずパソコンを開いてしまった。
今の私は「いとしのエリー」なんか聴いてた頃から
かなりの時を経て、大人になって、ふてくされる事も少なくなった・・・
と思います。
小沢くんの「犬」「LIFE」など、すべての音楽との出会いが
なければ、今の私は存在していなかったと思う程に熱狂的に何度も何度も
ヘッドフォンで聴いていた。
そして、現在は11歳の娘と車に乗って、それらの音楽を聴いている。
(あの頃の私とリンクさせて。)
オペラシティには縁がなくて行けなかったけど、ひふみよツアーには参加できた。
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o z k n . n e t: 日常にあるすべてのうちのひとつ →
wareratoki:
同じ音楽を聴く人と出会うと、とても嬉しくなる。
それはとても、個人的なことだから。
そんな感覚が重なる人との時間は、分かり合える喜び、生きる喜び。
生きてるのって大変だけど、でも見つけられた光。
私はずっとずっと、小沢くんの歌を一緒に聴いていた人と、
東京の街が奏でる、で16年ぶりに再会をしました。
あの夢のような、光のような時間に。
時間を越えても、小沢くんの音楽を受け止めるこころは変わらず。
一度無くしたものに、また出会った。
そういう、サークルだった。
そしてまた日常へ。
一年経っても、うまく戻れていません。
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o z k n . n e t: ラブレター →
wareratoki:
毎日のぞいていたわけじゃないし、読み逃してしまったものも多分たくさんあります。それでもここを見ると必ず、自分の琴線に触れる言葉に出会えました。
この場所を今は、一つの大きな球体、あるいは一つの大きな生き物のように感じています。色んな人の色んな感覚が混ざり合ってるはずなのに、同じ人の書いている同じことのように見えるのは、核にある思いが繋がっているからかもしれません。
またここでお会いしたいです。
4月24日を過ぎたら第二期を待ちながら、ゆっくり読み返します。(全部さかのぼれるんでしょうか)
o z k n . n e t: ある力 →
wareratoki:
まだ投稿できるかな? 最後の日に、記念に(?)もひとつ。
もう永遠に更新されないんじゃないかと思った、ひふみよダットネットの第十二夜の更新。 (真っ暗闇で聴いたビバップと僕旅で、このまま真っ暗のまま終わるんじゃないかと思ったように。) 朗読のお話。
私も行った、最終日第十二夜のやくしまるえつこちゃんのオープニングモノローグは、 あの独特のペースがなんだか痛快で、 すこしざわつくようなオペラシティのお客さんたちとの空気感がなんだかとてもおかしかった。
日本の会社では、朝礼で各社員や役職者が持ち回りでコメントをすることがよくあり、 …
o z k n . n e t: 切手がなかったころ →
wareratoki:
切手がなかったころ。
手紙に切手が貼られていなかったころ。
手紙はどうやって届けられていたのだろう。
飛脚? 飛脚はお上のもの。ふつうの人の手紙は?
ふつうの人の手紙は、やはり、ふつうの人が運んだらしい。
そのむかし、九州からの手紙が東北まで、人から人へとつないで無事に届けられたんだと、なにかで読んだ。
切手がなかったころ、のおはなし。
たとえば、お伊勢参りや熊野に詣でる村の人に預けたのかな。
で、かなりおおよその方角の旅人から、ほどほどおおよその方角の旅人へと、そして、だんだんとおおよその方角へ。
そうやって、人から人を経て、運ばれたんだろうか。
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o z k n . n e t: 生まれて初めて →
wareratoki:
恥ずかしながら、生まれて初めてセットリストを作りました。 一ヵ月後に東京の街のどこかで行う、私の結婚式で流します。 1.「さよならなんて云えないよ~NEVERCANSAYGOODBYE~」 2.「ドアをノックするのは誰だ?(ボーイズ・ライフpt1:クリスマス・ストーリー)」 3.「強い気持ち・強い愛 MetropolitanLoveAffair」 4.「ラブリー」 5.「ある光(JFK8’16”FullLength)」 6.「愛し愛されて生きるのさ」 7.「ぼくらが旅に出る理由 LETTERS,LIGHTS,TRAVELSONTHESTREETS」 …
o z k n . n e t: とまどうだけの人たち →
wareratoki:
一年間ありがとうございました。
最初のころに読んだ投稿者の人たちが、最後に最初のそれと対になるような投稿をしてるのを読んで、名著と呼ばれてる本の最初と最後だけパラパラと読んで、「ほお」となった時みたいな気分です。もっとちょくちょく見ていればよかった。
何カ月か前にコンサートで演奏されなかった曲たちの話題になってた時に、カウボーイ疾走の事が書きたいと思って頭の中だけでぼんやり考えて結局まとまらずに忘れてたのを今頃ポチポチ打ち込んでいます。観に行った第三夜で、bpm130の流れでサビだけちょっと歌ってくれて嬉しかった。
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o z k n . n e t: ある光 →
wareratoki:
少し前のことです。中学からの友人からふいに郵便が届きました。彼女のてづくりのせっけんがひとつ。ゼラニウムのいい香り。透明なせっけんの中には、白いちいさなうさぎがかたどられています。小澤昔ばなし研究所のきれいなハガキには、昔から変わらぬ彼女の小さな可愛い癖のある字でメモが。
私はその頃、ちょうど「うさぎ!」を読み返していました。彼女とは、気持ちがリンクするような感覚がたびたびありびっくりします。
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o z k n . n e t: 「歌いましょ。」 →
wareratoki:
4月20日と21日、宮城県の気仙沼へ行きました。
東京では、もうすっかり散ってしまった桜が
その町には、きれいに咲いていました。
気仙沼の町は、2年前の震災で
津波の大変な被害を受けたこともあり、
タクシーの運転手さんのお話では
「塩害の影響で、昨年よりは桜が咲かなかったよ。」とのこと。
それでも、町のところどころに
ふいに現れる桜の木は、とても美しいものでした。
植物が生きぬくって、ほんとうに凄いことです。
大切なものが流されてしまった町を、歩く。
見ず知らずの地元の人たちとおしゃべりする。
私にとっては、初めての経験でしたが
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東京の街が奏でる✦
wareratoki:
From シャシャミン
o z k n . n e t: 2度と戻らない美しい日にいると、そして →
wareratoki:
ozkn.net の第一期終了まであとわずかとなりました。
上の題名は「さよならなんて云えないよ」の歌詞ですが、そのあとには ” 静かに心は離れてゆくと ” と続きます。
何度聴いても、いつもここでギクリと します。なんて、本当のことを言っている歌詞なんだろうと。
この場所が終了したら、やはり、ここを訪れていた皆さんは ” 静かに心は離れ てゆく ” のでしょうか。
いや、私はきっと、普段は忘れていても何かの拍子でふと 思い出してしまいそうです。
それくらい、皆さんの投稿された絵や写真や動画や 文章は、素敵でした。
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o z k n . n e t: まるでダンスしてるみたいに →
wareratoki:
わたしは「ここ」でひとり、ダンスをしているような気になります。
ダンスが得意なワケではありません。
ダンス。
何か音が鳴って、身体が思わず動いてしまう、原始的な衝動のようで。
でも「○○の舞」のように祈りを捧げる神聖な、身体を使った表現でもあって。
わたしが「ここ」に投稿するのは、
書かずにはいられないような衝動、そして、気のとおくなるような祈りだったと、
今にして思うのです。
(わたしに限らず、「ここ」へ投稿される方はみなさんきっと、
壮大な自己表現でかつ、甘く切ない祈りのような気分だったんじゃないかなぁ。
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ゲンカイツツジと青空。
wareratoki:
南風が暖かかった。
花びらの形が可愛かった。
6時を過ぎても明るかった。
嬉しく感じるのは冬のおかげ。
o z k n . n e t: わかっていること →
wareratoki:
わかっていることは、いっぱいある。 わかっていることを見ると、安心する。 たとえば 雑誌の撮影でにっこりと笑う、モデルや女優さんやアーティスト。 街特集で、街のカフェで、3人ならんで楽しそうに笑って話すクリエーター。 最新の服を着て、ファッションスナップに笑顔で登場しているプレス モデルや女優さんは、概ね笑っている。気軽にこたえる人も、たまにこたえない人も。笑ってくれると、撮るほうは安心する。見る人もきっと、安心する。 職業で分けるわけではないけれど、たまたまアーティストさんの撮影では、アーティストさんは皆、笑わなかった。笑わないとき、心のどこかでちょっと不安になる。
o z k n . n e t: ファンってなんなんだろうね →
wareratoki:
(基本的に誰かアーティストを好きになったとき、わたしは「自分対アーティスト」のことしか考えてないから、「(総称としての)ファン」とか、実はわりとどうでもいい。自分にも部分的に粘着していることろはあるかも、という前提のもと、名古屋最終skypeイベントからのファン考察について。)
岡崎京子センセイのマンガで、たしか『GIRL OF THE YEAR』だったかな?転校生があっという間に学園の話題の人に祭り上げられてしまう話。ボヤく学園アイドル転校生に友達が言う。
「みんな退屈してるんだよ
みんな何かに夢中になりたくて必死なんだよ
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o z k n . n e t: 東京の街が奏でる 第十夜 →
wareratoki:
長い文章を他の人に読んでもらうには特別な技術がいる。
だから、こういう、みんなに読んでもらいたい時は
短い文章で、端的に書くべきだと思う。私には技術がないから。
けど、私が東京の街が奏でるで感じたことを書こうとすると
私にどんな“小沢歴”があるのか(笑)を、多少なりとも知っていただかないと
やっぱり届かない気がするのだ。
初めてオザケンを知ったのは大学生の時。今調べた(^_^;)
たぶん、フジテレビ“HEY HEY HEY”に出ていたオザケンをみ、
ラブリーを聴き、衝撃を受けた。「これ、好き!!」って
単純に思った。そしてアルバム「LIFE」を買って。CDを買うって、
当時貧乏学生だった私には大変なことだった。ちょっといいな、くらいのCDは
o z k n . n e t: 先日祖父が亡くなりました。... →
wareratoki:
先日祖父が亡くなりました。
あまりにも急で実感が湧かないのですが、ozkn.netが休止の前に、どうしても文章にしたくて、まとまらないのですが書きます。
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o z k n . n e t: この一年間 →
wareratoki:
今日は2013年4月17日、いまから第一期ozkn.netへ送る最後の文章を記そうと思います。ちょうど一年前、2012年4月17日(「東京の街が奏でる」の千秋楽の翌日)に、ozkn.netに投稿した最初の文章を記していたことを、先ほど思いだしたからです。第一期ozkn.netの存続期間も一年、私の投稿生活も一年、というわけです。
ふりかえると、一年前と比べて幾つかの変化が、私の身には起こりました。良いことも悪いこともありましたが、幸い、前者に属する事ごとの方が多かったように思います。
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o z k n . n e t: ニュース/仕事を辞める、豆を煮る →
wareratoki:
終了を知って、慌てています。
ここが好きだし、ここにいる人たちも好きだし、会った事はないけど友人のようで
私が向く方向はこっちだな、と灯台のように思ってきました。
東京の街が奏でるのあと、ここが開かれて、私はとても緊張して、それから一閲覧者として過ごしていました。
初めてsucreusagiさんの、うさぎの頭から色々出てくる(なんて言えばいいのでしょう)返事を見た時を忘れられません。
こんな素敵な気持ちの表し方があるのか!とオペラシティでのことを思い出して胸が熱くなりました。
私はどんな返事ができるのか考えていましたがそれはつまり私自身の生き方を考えることにもなりました。
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o z k n . n e t: おおきな桜の木の下で →
wareratoki:
待ちにまったさくらも、昨日満開を迎えた。
大きな河川敷沿いや公園の桜並木も素敵だけれど、細い通りや住宅の並びに
ひっそりと咲いているのを見るのが好き。ふだんは通りすぎてしまうのに、はっと
息をのむほどの美しさで、それは現れる。
さくらが愛される理由はなんだろう。雪で覆われた寒い季節からのバトンタッチ。
黙って花開き、そっと舞い散り、葉桜になってもなお薫るのもいさぎよい。
最近、あと何回さくらを見ることができるのだろうと考えることがある。
若いときには思いもしなかったけれど。
大切なひとの隣で、さくらを見ることができたら、一年なんとかやっていける気がする。
…
rainbow
wareratoki:
いろいろないろのあめ
o z k n . n e t: 4月16日と向き合ってみる →
wareratoki:
私の、あの時の思いを、少しでも忠実に書き表せたらいいな、と思って書いています。
この文章を書くというアクションは、賭けです。
ひょっとしたら、私は、このことで凄く嫌な思いをするかもしれない。
でも、書かずにはいられない。
正直なところ、16日に、いろんな辛かったことを思い出して、
心も体も痛くなって、
書きながら涙は出てくるし、
指も震えているし、
まだ、あの夜を、良かったと思うことが出来ていないのです。
そういう私がいます。
ごめんなさい。お茶を濁してしまうかのようです。
まだ、うまくその時の自分の想いを書くことができません。
…
o z k n . n e t: 岩手県釜石市で酒屋さんをしていた一家が、... →
wareratoki:
岩手県釜石市で酒屋さんをしていた一家が、
3.11の津波で跡形もなく家と店を失って
雪の降らない私の町へ避難してきた。
最初は茫然としていた。
それから何度も泣きながら震災の話をしてくれた。
やがて、将来のことを一心に考えはじめ
50代のご夫婦は、私の町でコンビニを開業した。
「私たちは、恵まれているから…」と言うけれど、
気の遠くなるような面倒な手続きや
頭の痛くなる問題の数々を乗り越えて来たことを知っている。
ピアノの先生だった奥さんは、震災から2年経った今年の3月
…
o z k n . n e t: 確認 →
wareratoki:
第二夜の「東京の街が奏でる」の歌詞についての文を読んでドキリとした。
僕は、小沢健二さんがデビューした’93年に美術大学に入学した。
思い返してみると小沢健二さんの活動の、ひとつの区切りと感じた富士見高原スキー場でのジャズフェスまでの約4年間が、ほぼそのまま僕の大学生活と重なる。
極端な表現かもしれないが、大学生活は僕にとって「作品をつくること」についてばかり考えていた貴重な期間だった。
いろいろな考えや表現に触れ、友人たちと作品を見せ合い仲良くなったり険悪になったりもした。
その時、小沢健二さんの音楽は常に僕のそばにあった。
…
福岡サンパレス
wareratoki:
ひふみよツアー(2010年)の最終日が行われた「福岡サンパレス」に行ってみた。
小沢さんはどんな気持ちで千秋楽を迎えたんだろう?夢の様な時間をありがとう。
またコンサートやってください!
#ozkn
ことば
wareratoki:
ねこの言葉とか犬の言葉とか、人には分からないのだけど、
たまに何を言いたいのか分かる、そんな瞬間があります。
あ、喋ったっ。ニャー。ワンッ。
o z k n . n e t: 風薫る春の夜 →
wareratoki:
この季節の夜の独特な空気の感じや、手や顔に当たる風の感じで、記憶というものはとても鮮明に呼び起されることに気が付いた。 15年ぶりに新幹線に乗って東京に行き、案の定、初台とは全く違う方面の電車に乗ってしまい内心ものすごく焦りながら、なんとかたどり着いたオペラシティの第六夜で。 「それはちょっと」で自分があんなに泣くとは思っていなかったので、驚いたことを思い出しました。…
o z k n . n e t: 好きへのアクション →
wareratoki:
私がtumblr.の存在を知ったのは、「東京の街が奏でる」オペラシティでのコンサートを終えた小沢くんが、何やら感想を募集しているらしい、と聞いたとき。それは2012年の4月だったけれど、私は怖くて。 タンブラーってどういうところなの、とか。個人情報大丈夫なの、とか。周りに使っている人いないけど、とか。色んなSNSに手を出しても、長続きしたものないし、とか。 色々躊躇していて、結局本当にtumblr.を開くことになったのは6月でした。 tumblr.をやっていて、最初は『好き』とか『リブログ』とかをするのにも、1つ1つ考え抜いて、…